けいけんちと面【名古屋】
けいけんち
恋愛の話でも、ビジネスの話でもない。
「経県値」という、全国47都道府県での経験を数値化することができるアプリである。未踏の場合は0点、居住経験がある場合は5点と、6段階に分けられ経県が数値化される。
ふとこのアプリを開いてみると、自分が意外に多くの都道府県を訪れていることに気付かされる。
東日本の都道府県には全て「居住」または「宿泊」の経験があり、「未踏」はあと8県にまで迫っている。
しかし、いくら「居住」「宿泊」の経験があるといっても、その土地の全てを知っているわけではない。
「人生のうちで、面として知っている土地をいくつくらい持っているか。それは人生の豊かさということに直結しているような気がする。」これは、私が尊敬する作家、沢木耕太郎の言葉である。
沢木氏は、ある土地に対する経験値を、「点と線と面」という言葉で表現した。
たとえば、ある子供が、自分の住んでいる家というひとつの「点」から、もうひとつの「点」である学校に通うとすると、そこに一本の「線」が引かれることになる。放課後、その学校から遊び場である近くの公園に寄るとすると、点と点を結ぶもう一本の線が引かれる。そのようにして引かれることになった無数の線が交差して「面」ができるようになる。
私は、父親の仕事の関係で、小さい頃から多くの場所を転々として生きてきた。
そのため、「面」として知っている土地が多くあるとも言えるし、ひとつもないとも言える。
そのうちのひとつが、名古屋である。
名古屋には、2016年4月からの1年5ヶ月、新卒で勤めた会社の都合で住むことになった。
元々は東京に配属されることを希望していた私にとって、名古屋に配属されたことに対して屈辱に近い思いを抱いていた。しかし、住めば都とはよく言ったもので、今となってはいい思い出として昇華されている。
2021年の年末、四国・中国地方を普通列車で回っていた私は、帰京するための中継地点として名古屋に宿泊した。
岡山から普通列車に乗ること5時間、名古屋に着いたときには夜8時を超えていた。空腹を満たすために名古屋駅に隣接しているスパゲティハウスチャオであんかけスパゲティを平らげ、この日はホテルで寝るだけとなった。
次の日も夕方には東京に戻らなければいけなかったため、名古屋で何かをする時間はなかった。朝早く、名古屋駅構内のドラッグストアでお土産の期間限定しるこサンドを購入、そして駅のホームできしめんを食べ、急いで豊橋行の東海道線に乗り込んだ。
東海道線の中でふと、名古屋駅到着後迷わずスパゲティハウスに向かい、迷わずお気に入りのスパゲティを注文し、そして迷わずドラッグストアで買い物をし、迷わずきしめんを食べた自分を思い出した。
自分の中で屈辱とまで感じていた名古屋は、間違いなく私の中で「面」となっている。人生の豊かさをもたらしてくれたであろう名古屋に、愛着が湧いた瞬間であった。
〜この日のルート〜